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備忘録
2025/09/10[Wed]
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2024/06/30[Sun]

2008年6月28日土曜日。小雨が降っていたと思う。
朝からずっと、猫の小さな鳴き声が聞こえてたの。野良猫の多い地域だったから猫はしょっちゅう見かけてたんだけど、家の近くでずーっと鳴いてるなんて珍しかったんだよね。
気になって外に出てみたら、家の前の雑木林にちっちゃい黒猫がいたの。段ボールの中にいたから、もしかしたら捨てられたのかもしれない。
当時のわたしが何を思ったのか、もう忘れちゃったんだけど。その子をうちに連れ帰ったんだよね。
家族はみんな外出してたし、猫なんて飼ったこともごはんをあげたこともなかったし、その時は携帯電話もパソコンも持ってなかったからもうなんにも分かんなくて、だけどなにか食べさせなくちゃ!って、とりあえず家にあったベーコンを食べさせました。
いやこれほんとにダメだったなって反省してる。塩分過多じゃん。猫は喜んで食べておりましたけれども。身体に悪いものはおいしいもんな。そのせいか分からないけどうちの猫、他の人間食にはあんまり興味ないのにベーコンにだけは反応するようになったんだよね。ごめんて。
帰ってきた家族はそれはもう驚いてた気がする。帰宅したら娘がちっちゃい黒猫抱えてんだもん、そりゃあそう。
拾ってきちゃったものは仕方ない、ってことで父親はあっさりOK。反対したのは母親のほう。猫を飼ってるから賛成してくれるかと思ってたんだけど、飼ってるからこそいきものと暮らす大変さを知ってたんだろうね。
どうにかこうにか了承もらって、生後約3ヶ月のちっちゃな黒猫は晴れてうちの子になりました。

あの子が来てから、大きな出来事は二つあったかな。
一つは天井が抜けたこと。
うちの猫、二階の屋根裏に上るのがすきだったんだよね。古い家だったから押し入れの天井が壊れて開いてたんだけど、そこから屋根裏に上ってたの。
それを心配したのか気になったのか、弟がなぜか追いかけちゃって。人間の体重に耐えきれなかった天井が思いっきり抜けちゃったのよ。大きな音に驚いて二階に行ったら、天井から落ちて泣いてる弟と、屋根裏からまんまるな目でこっちを見てる猫がいたのを覚えてる。
あの修理費は痛い出費だったなあ…って後々父親がぼやいてました。

もう一つは腎臓結石になったこと。
たしか一歳ごろだったかな、夜中にぐったりしてたの。病院は開いてないしどうにもしてあげられなくて、とりあえず一晩中そばにいた覚えがある。そうして翌日病院に連れて行ったら腎臓結石ですねって。
PHコントロール用の食事を買って、それからごはんはずっとそれ。ちゅーるも缶詰もあげたことがないの。文句も抗議もなくずっと同じごはんを食べてたな、あの子。飽きたりしなかったのかな。わかんないけど。

それ以外は全然手のかからない子だったなあ。
トイレは一発で覚えてくれたし(たぶん飼われてたんだろうね)、マーキングしなかったし、おもちゃもキャットタワーもそんなに反応しなかったし、爪切りもあんまり嫌がらないし。たまに脱走してたけど、ビビりなのかなんなのか、遠くに行かず目の前のアパートの駐車場で固まってたし。
クールで孤高な子だったんですね、って言われた。そうかもしれない。

目が見えなくなっちゃったのはいつからだろう。たしか2022年の年末に帰省したときにはもう視力が悪くなってたと思う。
ずっと目がまんまるなの。そろりそろり歩いて、壁にぶつかる直前にたぶんヒゲで感知して、方向転換して壁に沿って歩いたりしてた。ごはんとかトイレの場所は覚えてたみたいだから、日常生活にはあまり支障が無さそうだったけど。
そのころから急に老いを感じ始めちゃったんだよね。若いころは9キロあった体重も半分くらいに落ちちゃって、白い毛が増えて、走り回ることがなくなって、でも毛並みはいつまでも綺麗だったな。
なんだかいのちの終わりが見えてる感じがした。どうか次に帰省したときも元気でいてくれますようにって、会うたびに祈ってたの。

2024年の5月にね、急にごはんを食べなくなっちゃったの。
一階の押し入れがお気に入りで、そこでよく寝てたんだけど、なんか鳴いてるなと思って開けたら猫がぐったり倒れてたって父親が言ってた。腎臓も肝臓も悪くなくて、胃腸炎の可能性もあるからとりあえず抗生物質を打ったけどおそらく年齢のせいだろうって。
点滴をした。ごはんを食べなくなった。介護食に切り替えた。水をあまり飲まなくなった。きっと老衰だと思うから自然に任せます。父親から都度送られてくる状況にひと晩悩んだの。
悩んで悩んで、翌日の日曜日に実家に帰りました。看取ってあげよう、って。だってあの子を連れてきたのはわたしだから。

猫ね、畳でぐったり横になってたの。
帰ってきたよって声をかけたら、手のにおいを嗅いで、んなあ、って鳴いて。わたしだってわかったのかな、覚えてたのかな、もう年に二回くらいしか帰ってないのにね。
このときばかりはリモートワークに感謝しつつ、仕事しながら猫のそばにずーっといたの。呼吸が苦しいのか時折掠れた声で鳴くことがあって。大丈夫だよ、ここにいるよ、って前足を握ってた。そうすると爪が食い込むほどぎゅうって腕を抱いてくるの。苦しいよね、そうだよね。どうして代わってあげられないんだろうって、どうもしてあげられないことが悲しくて申し訳なくて泣いてた。

2024年5月13日の22時ごろ、息を引き取りました。16歳と3ヶ月でした。
段々と呼吸の間隔が長くなっていって、いつ呼吸が止まったのかもわからないくらいだった。父親とふたりで確認して、なんだかまだ生きてるみたいだねって。熱の残る身体をずっと撫でてた。わたしも父親もそばにいられる時間まで待っててくれたのかな、最期までいい子だね、きみは。

母親にいろいろ手配してもらって、翌日の夜に火葬したの。
火葬場までの車内で、窓の外をぼんやり眺めながらずっと撫でてたの。そしたら火葬場の人が猫に触ったときに、あたたかいですね、きっと道中ずっとふれて撫でてこられたんでしょうね、って。体温って移るものなんだね。

帰省してからずっと、それこそ一生分の涙を流してたんだけど。火葬が終わって遺骨を見てからは涙が出なくなっちゃった。なんというか、もうここにはいないんだなって。目の前の骨はたしかにうちの猫なんだろうけど、でももう、ふれて撫でて名前を呼ぶことはできないんだなって、そう思った。実感が湧かない、っていうのとは違くて、なんだろ、ほんとにいなくなっちゃったんだなって、腑に落ちたというか、理解したというか。うまく言えないんだけど。

骨をひとつひとつ拾いながら、火葬場の人に思い出話をしたんだよね。天井が抜けた話、結石になった話。あんまり手がかからなくて、必要以上に甘えてこなくて、だっこされるのはあんまりすきじゃなくて、黒いかばんがすきでよく乗ってきたこととかを、ひとつひとつ。
いざ思い出話をするってなると、あんまり出てこないものだね。それだけあの子がいる日々が日常になってたのかもしれない。もっと大切に過ごせばよかったな。もう今更なんだけど。
葬儀とか火葬って、生きてる側のためにやることなんだなって思った。わたしは神も仏も天国も地獄も輪廻転生もなにひとつ信じちゃいないから、骨を納めて過去を整理しているこの行為は全部生者側の心の安寧のためにやってることなんだろうなって。

時々ふっと感じるんだよね。ああ、もうあの子はいないんだなって。たとえばツイッターで猫の写真とか動画を見たときに。近所の野良猫を見かけたときに。ぼんやり景色を眺めてるときに。実家に帰りたいなあって思ったときに。こうして文章を綴りながらあの子のことを思い出してるときに。この世界のどこにもあの子はいなくて、だけどわたしの日常はなにひとつ変わってはいなくて。腕にぎゅうって縋ってきたときに手首についたひっかき傷が一生消えなければいいって思ってたのにいつの間にか治ってしまっていて、それがなによりもさみしくて。一生分泣いたはずなのに、いまだに涙があふれてしまうの。

猫が亡くなる前日にね、夢を見たの。
猫ってば自分の名前を「かわいい」だと思ってるみたいで、ずっと「かわいい、かわいい」って言ってたのよね。この子自分の名前ちゃんとわかってんのかなあって心配になっちゃって、翌日はずっとずーっと名前を呼んでたのよ。
ね、きみの名前はダイゴだよ。わたしの初恋のウルトラマンからもらったの。できれば覚えていてほしいけど、きみが忘れたとしても、わたしがずっと覚えてるから。

今日はあの子の四十九日だから、つらつらと心を整理してみました。なんにもまとまってないけど。わたしの人生の半分以上にあの子がいたんだもん、どれだけ時間をかけたってまとまるはずがないよ。
ね、ダイゴ。転生なんて信じてないって言ったけど、きみさえよければまた猫として、うちに来てくれたら嬉しいな。きみの重さが、体温が、なにもかもが恋しいよ。
ありがとね、わたしと出逢ってくれて。だいすきだよ。
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2023/06/19[Mon]

いまの最推しに出会ったのが2019年9月のことでした。
みなさんご存じ某秋のショーね。きっかけをもう忘れてしまったんだけど、たしか8月ごろリハ映像が流れてきた時に、陸の某ショーに出てた人だよ、って某氏が教えてくれて。それであれよあれよと言う間に沼っていった気がする。
まあ顔がよくて歌が上手でスタイル抜群で演技がピカイチだからね、必然ですよね。
2019年9月~10月31日まで出演されてたわけですけども、これまたみなさんご存じのとおり推しに会えなかったわけですよわたくしは。わりと通ってたのにことごとくシフト外れてた。最終日なんて同じ空間で同じ空気を吸っていたのにお会いすることが叶わなかったわけですよ。ラス日にいらっしゃらなかった仕組みというか理由を後々推し自身から伺うわけですが。当時はひとりで悲しみに暮れました。

2019秋で推しを知ってから初めての外部出演が2020年3月の予定だったのね。たしかレストランみたいな場所で給仕に扮したキャストさんたちが、歌って踊ってパフォーマンスするってやつ。これもまた後々それっぽいやつが再演されるのですが。
この出演の二週間前くらいにコロナが流行り始めて、どうなるんだろって思ってたら、たしか一週間前くらいに中止のお知らせが出たのよ。
そりゃあ落ちこみましたよ。だって半年越しにようやく推しに会えると思ったのにあのくそコロナ(おくちがわるい)のせいで機会を逃してしまったんですよ。
代わりにインスタライブをしてくれて、それはそれで楽しんだんだけども。
初めて推し主催でライブ開催してくれたのが2020年12月。そうですチケット抽選に外れたやつです。号泣しながら配信見てました。
そのあともたしか2021年3月くらいかな、ダンサーさんと共演するイベントみたいなのがやっぱりあのくそコロナ(おくちが)のせいで中止になっちゃって。

とまあ推しと対面する機会をことごとく逃しまくってたわたしですが、2021年11月のライブでようやく生で拝見できたんですよ。
ほんとにいたんだ、っていうのが最初の感想。それまで写真や動画でしか見たことがなかったから存在を疑ってて。いやいることは分かってるんだけどさ、生きて動いて喋って歌ってる推しを自分の目で見て、ほんとにいるんだぁ、って。
ライブ後にご挨拶させていただいた時もご本人に言っちゃったもん、ほんとにいらっしゃったんですね、って。いるよぉ!って言ってた。かわいい。

そこからは2022年1月、3月、6月に2回、8月、秋の某ショーで一応2回、12月、2023年4月のライブ、とそれまでの2年間まったく会えなかったのが嘘みたいにいろんなところでお歌を拝聴して、ありがたいことにちょこっとお話までさせていただいてました。
抽選ガチャじゃなければ会えるんですよね…ガチャだと一生推しを引けない女なのでね…2022年秋は死ぬ気で当てましたけども…。
ライブにお邪魔して、お話をするうちにお名前を覚えてもらったんですよ。まあ2019年秋からそれこそ四季の折々に意味もなく手紙を送りつけてた女ですからね、嫌でも覚えちゃいますよね。今では推しに苗字で呼ばれたり、なぜか他の出演者さんとか一緒にライブに行ったフォロワーさんとかに紹介されたりしてます。意味わからなさすぎてじわじわきちゃう。

そんなこんなで「推しに会えない女」を脱して、推しと写真を撮った女、推しに認知された女、とよくわからん昇格(?)をしていったわけですが。
先日とうとう、推しとビールを飲んだ女になりまして…いやこの字面なに。推しとビールを飲んだ女ってなに、わたしもわからん。
6月に外部のショーに出演されたのよ。お食事をしつつキャストさんの歌やダンスを楽しむお店が期間限定でオープンしてて、ピンチヒッターとして出演なさってて。4月末にも急遽出られてたんだけど、ちょうど実家に帰省してたから行けなかったので今回こそはと急いで身支度整えてフォロワーさんと行ったわけさ。
そしたらさ…なんやかんやあって推しとビールを飲みまして…どういうなんやかんやがあったら推しとビール飲む展開になるんだって感じだよね、わかるわたしもわかんない…なんか気付いたら乾杯してたんよ…
わたしビール飲めない人なんよ。味もだけど、炭酸が苦手でさ。だからここ数年まったく飲んでなくて、飲めないとばかり思ってたし。
だけど推しがビール注文してたから、せっかくだから推しと同じもの注文しよう、飲めなくても我慢すればなんとかなるでしょ、と思ってビールにしたわけですが…これが普通に飲めたのですよ…まあ味とか全然わかんなかったんで多分推しと酒を飲んでいる緊張感からすべてが麻痺して飲めたって感じなんでしょうね。ありがとう推し。

あれはほんとに現実だったのかなあって、二日経った今でも思うんだけど、どうやら現実らしい。あの土曜日が命日だと覚悟してたんだけど二日経った今でも生きてる。明日はしぬかもしれん。
四年前に推しを初めて知った時は、まさか四年後に推しと同じ卓でビールで乾杯するとは夢にも思わなかったよ。だって推しに会えない女ですから。
まめに手紙出して、行けるライブには行って、精一杯想いを伝えさせていただいていたおかげかな、とも思う。わたしとしては自分が行きたいから、伝えたいから伝えてただけではあるんだけども。それの積み重ねが推しの中に少しでも残ってたから、こうして顔と名前を覚えてもらって、いつもありがとうございますって(たぶん)喜んでもらえて、お酒飲みながらたくさんおしゃべりするまでになれたのかなって。
人生ってなにが起こるかわからんね。ほんとに。
推しとビールを飲んだ女って、次はなにになるんだろ…こわ…。

まあでも、推しが自由にのびのびと歌って、笑顔で楽しくお話してくれるのが一番嬉しいんだよね、わたしは。って、今回つくづく思った。
今回お客さんが少なかったってのもあるかもしれないんだけど、いつもよりリラックスして見えたのよね。全部が全部素ってわけではないんだろうけど、ご自身主体のライブよりは緊張感が少ないように見えて。そんな推しをずっと見ていたいなあ、って贅沢にも思いました。ほんとに贅沢。最初は生で拝見できたら死んでもいいって思ってたはずなのに、いつからこんなに贅沢になってしまったんだろう。それもこれも推しのせいです(人のせいにするスタイル)。

次にお会いできるのはいつだろうね。ライブももちろんだけど、あの空の下、広い舞台を演技と歌声で彩るあのひとも見たいんだよね。なにせあの場所での推しは一度も見られていませんからねわたくしは。
まあわたしに出来ることといえば、これまでと変わらず誠心誠意想いをこめた(気持ちの悪い)手紙をしたためるだけですね。今回分のお手紙もこれから書くつもりです。
早くも推しを恋しく思いつつ、今日はここまで。

2021/12/26[Sun]

神田沙也加という人を知ったのは、劇場で2回目のアナ雪を見た時だった。
すごく失礼な話なんだけど、この人に限らず、わたしは芸能人というものに疎くて。一緒に見に行った母親が、アナの声って神田沙也加だったんだ!って驚いてたから、誰、って聞いたら、松田聖子の娘だよ、って。松田聖子に娘がいたことも、わたしは知らなかったんだけども。そもそも松田聖子自体、人としてじゃなく有名な曲くらいしか知らないんだけども。
だからある意味でわたしは彼女のことを松田聖子の娘としてではなく、神田沙也加一個人として見ていた、と思う。

キャラとしてはもちろんエルサがすきだったんだけど、劇中歌で一番すきなのはとびら開けてだった。アナ雪が見たいからというよりも、あの曲とエンドソングを聴くために25回も劇場に通ってた。
それまでは、年に一回映画館に行くか行かないかって感じだった人間が、同じ映画を25回も見るなんて。おかげでいまも、気になった映画は劇場に足を運ぶようになりましたね。それもこれも、エルサとアナちゃんの歌のおかげだなあって思うんだけど。

アナ雪が大ヒット公開中のころ、ツイキャスだったかな、ライブ配信があったのよ。
そのころのわたしはまだツイッターに不慣れだったし、中の人にとりたてて興味があったわけでもないんだけど、たまたま時間が合ったかなにかで配信を見に行ったのよね。
内容は忘れちゃったんだけども、ファンのコメントをたまに拾って応えてくれたりしてて。
アナ雪に関するコメントが多かった気がする。だからついわたしもつられて「アナ雪ハマりすぎて20回見に行きました」(当時はまだ20回くらいだった)みたいなコメントをしたのよ。
そうしたら「えっ、20回も見てくれたの!?」って、コメント見つけてくれて、驚いてて。そりゃあびっくりするよね、普通見ないよね20回もね。
たぶんその配信の後に収録された番組(たしかおしゃれイズムだった)で、「20回も見てくれた人がいて~」って話してくれてたの。
わたしのことじゃないかもしれない。だけどわたしのコメントを拾ってくれた直後だったから、もしかしたらわたしのことを言ってくれてるのかもしれない、って。すごく嬉しかったのを覚えてる。

神田沙也加という人を意識して見たのは、キューティ・ブロンドっていう舞台だった。
もう5年くらい前だと思う。彼女が主演の舞台が地元で公演するから、せっかくだから観に行こうかなって。正直言うと、一緒に出演してる新田恵海っていう声優目当てで、隣県のフォロワーさん誘って軽い気持ちで行ったんだよね。
冒頭でモブたち(って言ったら失礼だけども)だけで歌が始まったんだけど、わたしがいる2階席まではいまいち声が届いてこないし、歌詞もはっきり聞き取れなくて。舞台初心者なわたしは、まあこんなものなのかな、って思ってたのよね。すきなキャストが見れればいいやっていう気持ちでいたから、歌とかには特に興味も期待もなくて。いま思えばほんとに失礼な話なんだけど。
だからこそその直後に出てきた彼女に衝撃を受けたの。
なんて上手いんだろうって思った。まっすぐな歌声で、歌詞のひとつひとつが聞き取れて、2階の端の席にまでちゃんと届けてくれて、表情の変化までつぶさに見えて。
びっくりした。ほんとに。歌は上手いんだろうなって思ってはいたけど、それまではアナちゃんの歌声ばかりだったから。舞台というかたちで生で目にして、なんて素敵なんだろう、って。新田恵海を見ることの方が主目的だったはずなのに、彼女が登場した瞬間から、あの人しか追ってなかった。

さっきも言ったようにあんまり芸能人に興味ないもんだから、ツイッターとインスタは、彼女と、Dの推したち数人と、朝夏まなとくらいしかフォローしてないんだけども。
彼女だけは、わたしがツイッターはじめたての8年前からずっとフォローしてて、舞台に出ることとか、アニメの声優することとか、ブランド立ち上げたこととか、ユニット作ったこととか、なんとなく追っかけちゃってて。彼女の生い立ちとか全然知らないからほんとに単純に、いろいろ頑張ってるんだな、すごいなって思ってて。

来年の4月にね、銀河鉄道999の舞台に出演する予定だったの。
うちの父親が999すきで、家に漫画が揃ってたから、わたしも小さいころから読んでてすきだったのよね。それの舞台ってどうなんだろって気になって、あの人がメーテル役で出るっていうから、それなら観に行こうって。
先行抽選に当選して、つい二週間くらい前にチケット代払ったばっかりだった。久々に生の彼女が見れる、って楽しみにしてた。

もう一度見たかったの、あの人の舞台を、演技を、歌声を。
機会はいくらでもあったはずなのに。いまはお金がないから、時間がないから、また今度にしようって。きっとまたなにかの作品に出てくれるはずだ、って。
どうして素直に次を信じていられたんだろう。次なんて不確かなものを信じてしまったんだろう。
後悔するのもしんどかった。なにも見たくなくて聞きたくなくて外界との繋がりを絶って毛布にもぐって目を閉じて、だけどどうしても考えてしまって、ああこんなにすきだったんだな、って。自覚する先から過去形になっていくことさえつらくて、なにもかも過去のことにするしかないことに耐えられなくて。

わたしのすごく大事な部分にいたんだなって、わたしという人間を構築してくれていたんだなって、今更知ったの。
わたしが上京するきっかけを作ってくれたのはアナ雪という作品で、そのおかげで歩めた人生があって、出逢えた人たちがたくさんいるんだなって。その大事なもののひとつが、ひとりが、もう永遠に、なくなってしまったんだな、って。

枯れるくらい泣いたはずなのに、なんでもない時にぽろぽろ泣いてしまうの。こうして書いている今だって、見ないように埋めていた現実が湧き出て息が詰まってしまうの。
どうしたらいいのかわからない。どうもできないのはわかってる。彼女の人生になにひとつ関わっていないわたしができることなんて、自分で自分を慰めるくらいしかないことくらいわかってる。
まだなにひとつ受け入れられてないのに、日が経つごとになにもかもが薄れていってしまう気がする。
お悔やみなんて言いたくない。彼女のことをなにひとつ知らないのに、安らかに、なんて言えるわけがない。
すきだった、とも言いたくない。わたしはまだ彼女を過去にしたくないの。

お願いだから、わたしのすきなひとたちみんな、いなくならないでよ。わたしが生きてるうちくらい、そこにいてよ。失ったものを乗り越えて生きていけるほど、わたしは強くないよ。たったひとつ失ってしまっただけでこんなにも心がぐしゃぐしゃになっちゃうよ。
わたしはよわいから、わがままだから、だからみんないなくならないでよ、おねがいだよ。


昨日ね、マイ・フェア・レディの千秋楽チケットを取ったの。
本当は東京公演を観に行こうかなと思って、だけど今は都合がつかないからって見送ってた舞台。
きっとただの自己満足なんだと思う。後悔を薄めたいだけかもしれない。気持ちの整理なんてつかなくて、余計にだめになっちゃうかもしれない。
だけど観たいから。ちゃんと受け止めたいから。行きます。

みんなも、最近めっきり寒くなってきたからうんとあったかくして、おいしいものたべて、すきなことして、すきなひとに会って、たくさん寝て、元気に健やかに、少しでも後悔のないように生きてね。
わたしのすきなひとたちみんな、楽しく生きられるよう、祈ってます。

2021/04/05[Mon]
誰しもいくつか、人生を変えた作品ってのがあると思うんだけど。
わたしの人生を変えてくれた作品は、「TOA」「ペルソナ3」「アナと雪の女王」「キャロル」「ファッショナブルイースター」「フェスティバルオブミスティーク」なんだよね。多いな。影響されやすい性格ってことでひとつ。
昨日イースターだったことだし、わたしとナブルについてつらつら書いていこうと思います。

ショーパレ界隈に入ったのは、とあるひとがきっかけだったの。
ツイッターで知り合ったそのひとと、2018年3月頭に初めて対面したとき。いまハマってるものとしてそのひとが紹介してくれたのが、ファッショナブルイースターだった。
ナブルの存在自体は知ってたんだよね。2017年に1回観に行ったことがあって、だけどそのひとと会った時はそのこともすっかり忘れてて。そのひとは特にカルロッタさんが好きみたいで、写真を見せながら色々話してくれたの。その話してる姿がかわいくていとおしくて。わんこみたいだなあ、って思ったことをよく覚えてる。
話を聞いた時は、とりたててナブルに興味を持ったわけじゃなかった。そりゃあもちろんカルロッタさんもグローリアさんも素敵で綺麗だけど、それよりも、自分の好きなものについて語ってくれるそのひとともっと近付きたいなあって思って。
ナブルの写真を漁っては、これいいですね、これ素敵ですね、ってラインを送ったの、そのひとに。もっと話したくて。もっと知りたくて。

んでまあ、気付けば沼にどっぷりだったわけですよ。
おかしいなー、上澄みすするくらいの気持ちだったんだけどなー、動いてるグローリアちゃん見たら一発で落ちちゃったなー、かわいいから仕方ないなー。
一度足踏み外しちゃったらまあ早い早い。
知ったのは3月頭だったはずなのに、中旬にはもう沼に浸かってて、お話書いて別垢作って。3月26日にナブル2018が始まるって聞いたから田舎飛び出して行ったわよスニーク。
なんだかんだと理由をつけて月に1回は行ったかな。まあ結局、スニークでしか推しに会えなかったわけですが。ことごとく推しに会えない自分を呪う。
ラス日に雨降ってご挨拶だけだったのも、思い返せばいい思い出…になるかよ。一生呪うわ雨女。自分じゃん。すみません。

そんでね、ナブルのお話書き始めてから知り合ったひとがいるんだけど。
そのひと、わたしがキャロルの二次創作やってたころから読んでくれてたらしくて。2017年かな、2016年かな、もっと前かな。わたしに触発されて、文章書き始めたんだって。
いや話盛ってたらごめんね某氏。訂正は受け付けます。
まあそういう諸々を、後々ご本人からお手紙もらって知るんだけども。
うれしかったなあ、やっぱり。わたしの書いたものから、作ってきたものから少しでもなにかを感じ取ってくれたことが。それを伝えてくれるってことが。いままでいろんな作品、いろんなひとたちに変えてきてもらったわたしが、誰かが変わる手助けをすることができたのかなあって。

誰かと同じものをすきになるとか、すきなものが同じとか、ずっと一緒にすきでいるとか。そういうひとと出会えたのって、すごい巡り合わせだよなあって改めて思います。
ナブルが終わって3年経ったいまもこうして繋がってくれてるひとたちにも、ありがたいなあって、常々思ってます。ありがとうねえこれからもずっ友でいてね(重い)
各方面に感謝を送りつつ、今日はここまで。

2021/01/09[Sat]
1996年に放送開始したウルトラマンティガが今年で25周年を迎えます(新年の挨拶)。
25周年企画、だと思うんだけど、ティガと、一番新しいウルトラマンであるZをメインに据えた新番組が今日から始まったのよ。
予告見る感じ、新規映像じゃなくて総集編っぽかったし、実際1話見てもやっぱり総集編だったんだけど、それでも放送前は嬉しかったのよね。
だって25年間ずっとすきだったんですよ、ウルトラマンティガのこと。ヒーローであり憧れでありきっと初恋だったんですよ。ちっちゃいころの写真は大体ティガの光線ポーズで映ってるし、当時おばあちゃんが録画してくれてたビデオを今でもずっと見てるし、久しぶりのティガ主演映画の舞台挨拶が嬉しくて高校生の女が変身アイテム片手に参加したし、初任給でBlu-ray BOX買ったし、引っ越し先にソフビ人形まで持ってきたし、つい先日販売された1万1千円の変身アイテム迷わず予約しちゃったし。
だからテレビに帰ってきてくれてそりゃあもううれしいわよ。円谷さんに足向けて眠れないわよ。

なんでそんなに好きなのかなあって、大人になってよく考えるんだけども。
外見ももちろん好きなんだよね。ウルトラマンの赤と白っていうイメージを塗りかえる、赤と紫とシルバーのフォルムがかっこよくて。シュッとした輪郭が凛々しくて。身体を捻ったときのスーツの腰のよれが好きで。声が好きで。
だけどなにより、ティガを通して描かれる人間模様が好きなんだよね。
今までの(そして最近の、いわゆるニュージェネレーションって呼ばれる新しい)ウルトラマンたちは、M78星雲の住人なのよ。ウルトラマン個人としての意思を持ってるし、個人の意思で地球人と協力するし、ウルトラマン同士での人間(人間?)関係も存在してる。
だけど平成三部作であるティガ、ダイナ、ガイアは、M78星雲とはまったく関係ない光の巨人なの。
人間に力を貸し、守り導く象徴ではあるんだけど、人類の歴史に介入しようとはしない。人類が滅びの道を選んだとしても止めたりはしない。あくまで人類の意思に委ねてるの。
だからこそ、ティガの主人公であるダイゴは迷うんだよね。どうして自分がウルトラマンなんだ、って。なんのために、誰のために戦うんだ、って。ニュージェネウルトラマンたちと違って、ティガは喋らないから。正解を教えてくれることも、一緒に悩んでくれることもないから。
ティガ本編では、人間たちが描かれるの。光とはなにかって悩む主人公や、なんのために戦うのかと模索していく隊員たち、光になりたかった男、ばけものと呼ばれ続けた男。ウルトラマンに変身するのは主人公だけのはずなのに、その周りのひとたちみんなが、正義とはなにか、光とはなにか、自分が戦う意味とはなにか、っていうことについて悩み、苦しみ、考えてる。
「ウルトラマンティガ」ってタイトルではあるけど、メインは光の星からやってきた巨人ではないの、人間たちなの。選ばれた人だけが、変身アイテムを授けられた人だけがウルトラマンになれるんじゃない。人はみんな、自分自身の力で光になれるんだって。自分なりの答えを見つけたダイゴがそう言ってた。
そこがすごく、すごくすき。

とまあ長い前フリは置いといて。
今日の第1話、予想していたことではあるんだけど、ティガの主人公ダイゴの姿が一切映らなかったの。だって長野博だから!ジャニーズだから!!!このやろう!!!!!
詳しいことは知らんけどどうやらジャニーズチャンネル以外の配信に映るのがダメとか?知らんけど。
そのせいで、他のウルトラマンシリーズはYouTubeやらアマプラやらで配信されてる中、ティガだけ存在を抹消されてるんですよね。ふざけんなよジャニーズ(おくちが悪い)
長野博本人はティガのことめちゃくちゃ愛してくれてて、前述した主演映画のオファーが来たときは、渋る事務所に「出させてくれなきゃ事務所辞める」とまで言って勝ち取ったっていう話まであるくらい。
V6ファンにも同じくらい、ティガである長野博が愛されてるみたいでさ。わたしみたいにティガ経由で長野博を知ったファンも多いらしくて。
それなのに後ろ姿ひとつ映らないのは一体どういう了見なの?映像の中でダイゴって名前が飛び交うなか当のダイゴが全カットされてるって意味わかんないんだけど?初見だった幼児たち絶対困惑してるじゃん???

25年経ったいまこうしてテレビで取り扱ってくれることだけでも嬉しいじゃん高望みじゃんって言われるのはわかる。大変ありがたいことです。ティガを知らない幼児やニュージェネでウルトラマンにハマった大人たちが、これをきっかけにティガにハマってくれたらとても嬉しいです。
そうなんだけど、でも、さっきも言ったように「ウルトラマンティガ」はティガが主人公ではないの。あくまで象徴なの。マドカ・ダイゴがいないと成り立たない話なの。ダイゴの出演シーンをカットされたら、それはもう「ウルトラマンティガ」ではないの。意味がないの。
だというのにダイゴの影も形もない総集編を見て、ああやっぱりねって、わかってたのにじわじわ悲しくなっちゃって、吐き出さないとやってられなくなりました。
映せないならそっとしておいてほしかった。いっそ放送してほしくなかった。ダイゴはもうテレビじゃ見れないんだって改めて思い知らされるくらいなら。
言われんでもわかってんだよ~~ジャニーズ厳しくてめんどくさいんだろ知ってるよ~~~お願いだから傷をえぐんないでよ~~~~!!!!!

閑話休題。
いまニュージェネのおかげで昔のウルトラマンも人気が出てて、M78星雲のウルトラマンたちにスポットを当てた話とかも制作されてるんですよね。
昭和ウルトラマンやニュージェネウルトラマンは、ウルトラマンだけで話が成り立つんだよね。さっきも言ったことだけど、彼らにはウルトラマン個人の意思があるから。「M78星雲の住人」としてそれぞれ生活だったり、人間(?)関係だったり、性格や思惑を持ってるから。「ウルトラマン」に変身するハヤタとか、「ウルトラマンZ」に変身するハルキがいなくても成立するのよ。(もちろん「ウルトラマン」や「ウルトラマンZ」本編にはウルトラマンに変身する主人公が必要不可欠なんだけども)
だけどティガを始めとする平成ウルトラマンはM78星雲の住人ではないから、そういう一連の話には出演できないのよね。
できなくてよかった、って個人的に思います。ティガ単体で出てきて、他のウルトラマンと同じように人間の言葉を喋って、共闘したとして。わたしはたぶん、全然興味ないしうれしくないとおもう。ダイゴがいなければティガじゃないから。ティガである意味がないから。

とまあ25年の熟成されたこじらせ厄介オタクを発動したものの、OPサビ前に映ったレナ(ティガのヒロイン)に涙腺崩壊したんですけどね。そのシーンをそこで出してくれてありがとう円谷あいしてる。
最終回とかで映してくれないかな、あわよくば新規のダイゴ出てきてくれないかな、と。胸を焦がしつつ毎週見るんだろうなきっと。
いらん期待はしないようにしとこ、と決意しつつ、今日はここまで。

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