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備忘録
2026/02/08[Sun]
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2018/04/06[Fri]

今日はmy motherのお誕生日でした。はっぴーばーすでー!申し訳ないことにすっかり忘れていたわけですが。
46歳ですって。22歳のときに産んだから、わたしの歳にはもう2歳になる娘がいたわけで。すごいなあ。たとえわたしがいま学生じゃなかったとしても、子供がいる自分ってちっとも想像できない。
そういえばうちのお隣さん、小学校時代の同級生のおじいちゃんなんだけど、同級生の子供がもう5歳になるって言ってて、それもまたひええって感じなんだけど。

というわけで、母の話。
うちの母はとてもすごい人なの。努力家で、何事にも興味を持って、広く深く知識を蓄えていて。友人が多くて、交友関係が広くて。自分のことなんてそっちのけで家族とか友人を最優先にしちゃうし、人のうれしい出来事をまるで自分のことみたいに喜べちゃう、そんな人。
母の友人たちに昔からよく言われてたの、こんなお母さんがいてしあわせだね、って。
もちろん誇りに思うことも尊敬することだってたくさんあるし、世間的にはきっとこういう人の方が受け入れられやすいことはわかってるんだけど。だけどそれでもその言葉に心から素直に頷くことができなかったの、ずっと。
だって母とわたしは血がつながっちゃってるもの。わたしの20年後の姿なんだもの。そう思うと、ああ、わたしはこんな人にはなりたくないなって、こんな人には決してなるもんかって。小さいころからずっと、そう思ってたの。
強くそう思うことになった出来事があるんだけど、割愛。あのときの言葉は、景色は、思い出してもいやになっちゃうから。お姉ちゃんなんだから我慢しなくちゃ、って、涙をこらえてたあのときを思い出しちゃうから。
だからわたしは、妻や母親にならない方がいいんだろうな、きっと同じ道をたどっちゃうもの。それだけは本当にいや。

こうやってずっと恨みつらみを抱えているのかといえばそうではなくて。傍から見れば家族仲は良好だし、むしろなんでそんな状況でそんなに仲がいいのかなんて不思議に思われるくらい。
いまは、あのときああしなければなかなかった母の状況も心情も理解できるの。母もつらかったんだなって。きらいでは、なくなったかな。たぶん、わたしもあのときよりは大人になったんだろう、ってことで。

なんで今日こんなに暗いのかって、洒落春が風キャンでデザイナーのお写真が全然上がってこないからですよ(憤怒)
千葉の海に想いを馳せつつ、今日はここまで。

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2018/04/05[Thu]

新年度早々夢見が悪くて二度寝しました(新手の言い訳)
たしか何人かと一緒にいて、各々のすきな人がやってきてデートできるよ、みたいな夢だった気がするんだけど、わたしの相手だけこなくて、こないままに目覚めちゃって。
文字にするとあほみたいな内容なんだけどね。目覚めた瞬間はすごくすごくつらかったの、ああ、夢でさえ会えなくなっちゃったのかなって。

小さいころから夢に影響されやすい性格してるの。
影響、というか。鮮明に見ちゃう、というか。それはたとえばこわい夢を見たときだとか、かなしい夢を見たときだとか、風邪引いたときにきまって見る夢だとか。大抵がいやなものばかりなんだけど。そのいやな気持ちが、起きたあとも続いちゃう。損な性格。
鮮明すぎるからかどうかはわからないけど時折、夢と現実の境界が曖昧になっちゃうこともあるの。もちろん起きているときに、これは夢かもしれないなんて思うわけじゃないし。夢の中で、これが現実だ、なんて思うわけでもないんだけど。
普通に生活している中でふと、いま思い出しているこの記憶は果たして現実に起こった出来事なのかそれとも夢で見た内容なのかわからなくなることがあって。デジャヴとはまたちがう感覚に襲われて。あぶない薬やってる人ではないよ、決して。
ううん、うまく説明できないな。どうしてこんなに夢ごときに振り回されるのか、自分でもよくわかってないからかもしれない。

夢見が悪いといえば、弟もそうなんだよね、中学生くらいまでの話だけど。
中途覚醒しちゃったときはきまって泣いてて、なにが悲しいのか聞いてもわかんないって、ただひたすらに泣いて。そんな弟をぎゅって抱きしめてあやしてあげてたころが懐かしい。あのころのかわいさはどこへ。
眠るのが遅いのは、いまでもふたり変わらずなんだけどね。

今夜はせめてしあわせな夢、なんて贅沢は言わないから、なんにも見ませんように。
ひそやかに願いつつ、今日はここまで。


2018/04/04[Wed]

長い長いお休みが終わりました。そうです新学期です。これからまた長いようで短い一年が始まるのですね。
しかしいつまでモラトリアム謳歌するつもりなんだろ、わたし。いい加減社会に出たい。

本来ならば社会人二年目のはずのわたしってば学歴がいろいろと特殊で、だからいま履歴書を記入せねばならぬときに苦労しているわけですが。ただその特殊な学歴に後悔はないの。
いや、しょっぱなうそついたわ、後悔だらけだわ。戻れるものならいますぐ高校生からやり直すわ。というかいっそ中学生に戻ってこのどうしようもない英語力を鍛え直すわ。
後悔してないというか、これはこれでよかったな、というか。もちろん友人も減ってしまったし心に深い傷も負ったわけだけど、本来なら出逢わないはずの人と同じ時間を過ごして仲良くしてもらって、経験できないはずの出来事にも参加させてもらえて。それに何事もなく進んでいれば、もしかするとFROZENを見ることもなかったかもしれないし。
そう考えると、これはこれでよかったんだな、なんて思ってしまうわけです。
憎むべきは履歴書ばかり。いやただただわたしが悪いだけなんですけど。ほんと許すまじ。

思えばはじめての挫折だったんだよね、このつまずきが。
それまで挫折を経験するほど大したことに挑戦してきたわけではないんだけど。分相応な道をとんとんと、周りと同じように進んできただけではあるんだけど。それでも、そこそこ頑張ればなんとかなっていたことが突然、なんともならなくなっちゃって。頑張ることが難しくなっちゃって。
だからいまのわたしは、がんばらない。無理をしない。自分のすきなこと、したいことを、後悔のないように。もちろん、親に迷惑と心配をかけない程度に。

そんなことを言いつつ、いまはたいへんがんばらなければならない時期なんですけどね(般若)
書類とにらめっこしつつ、今日はここまで。

2018/04/03[Tue]

人って、ソの音程が一番聞き取りやすいんだって。ソ。ドレミファソラシドの、ソ。
だから接客するときとか電話応対はいつもこのソの音域を心がけて話してるの。わたし、声ちっさい上に滑舌悪くて聞き返されること多いから、相手がそういう煩わしさを少しでも感じないようにって。
できてるかどうかはわかんないけど、意識することが第一歩よね。えらい。
それが日常生活においてもできたらもっとえらいんですけど、むずかしいね、なかなか。

てわけで、声のお話。
人の声がとてもすきなの。声フェチなの。一番は沢城みゆきのお姉さんボイスです。すきすぎてもはやしんどい。このキャラがみゆきちだぞ~~って覚悟を決めて聞けばまだダメージ少ないんだけど、ふいに耳にしたときの破壊力がほんとにだめ(褒めてる)
しかもみゆきち、最近は地上波で普通にCMやらナレーションやらしてるでしょ。やめてくださいそういうの。ありがとうございます。
おすすめは荒川アンダーザブリッジのマリアさまの声なので、知らない人はぜひ聞いて。しぬから。

低めの、ちょっと響くような声がすきなんだろうな。男声とか少年声ではなく、なんというか、艶を含んだ声。そういう声を聞くと、背筋がぞくっとなって、仙骨あたりが震える感じ。
声がすきだと、好みのタイプでなかろうと一発ですきになっちゃうのね。だって電話してると、顔は見えなくても声は届くんだもん。その声が聞こえるだけで、ああやっぱりすきだなって、勝手にどんどんすきになっていっちゃうの。
こういうとこほんと治した方がいいと思うんだけど、治せないからフェチなわけで。

だからわたしはすぐ電話したくなるのかもしれない。毎日の文字より、一週間に一度でも月に一度でもいいから声がききたいのね。もちろん直接顔を合わせるのが一番なんだけど、そうもいかないときが多いから。
いまとてもききたい声は、しばらくきけてないんだけど。ききたいって、気軽に言えればいいんだけど、むずかしいね、なかなか。

ふと恋しくなっちゃったところで、今日はここまで。


2018/04/02[Mon]

洒落春に頭のてっぺんから浸りすぎて毎日がたのしい。
欲を言えばまた見に行きたいんだけど、心はいつも海に飛ばしてるからとりあえずは大丈夫です(大丈夫ではない)

そういえばいまほどすきなものがたくさんある時期もないかもしれないなあとぼんやり。
もちろん現在の一番は洒落春なんだけど、事務所がこわくて名前が出せないうちの推しだとか、姉妹に夫妻にキャロテレロレデル、それにブラボ百合。書き物の頻度は洒落春が高いけど、ほかのお話もちょくちょく書いてるし。もしかしてわたしすごいのでは。すごい浮気性なのでは。
全方面に一途だからしかたがないねと、だれにともなく言い訳してみる。だめですかそうですね。

特に冬から春に移り変わるときにハマったものって、沼の沈み具合がほかより深いのよね。洒落春しかり、FROZENしかり、たしかP3もこの時期だった気がする。
きっと時間が有り余ってるからなんだよね。ほら、お休み長いから。あ、これいいなーって気になったものを調べたり考えたりする時間がたくさんあるから。そうしてずぶずぶひとりで沈んでいっちゃうの。追随してくれる人がだれもいないのが悲しいところ。

あなたってすきなものをたくさん抱えちゃう人でしょ、って。少し前、とある人に言われたんだけど、まさにその通りで。すきになったら一度に落ちていく性分なものだから気付けば知らなかったころには戻れなくなっちゃってて。いくらか経てば下火にはなるんだけどそこに至るまでが長くて。
たのしいことばかりなんだけど時折、くるしくもなっちゃうのね、それはすきなジャンルが増えたときだけでなく、だれかをすきになったときにも言えることなんだけど。いっそ軽くきらいになれたらどんなに楽だろうって、思うだけは簡単なのにね。すきなものにひどく依存しちゃうタイプだから、なくなったらきっとだめになっちゃうの。だから、離れるときはすこしずつ、すこしずつを心がけて。できたことはありませんけど。
せめてなにかしら自分に返ってくるものをすきになりたいところ。見返りのないものをすきでいられるほど、わたしはまだつよくはないから。

そんなことを思いながら沼にみずからダイブしていく日々です。ふぁっしょなぶるたのしい!(うつろな目)
沼の底から立てた親指だけ出しつつ、今日はここまで。

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