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備忘録
2026/02/07[Sat]
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2018/08/26[Sun]

長期休み終了まで一ヶ月を切ったわけですが相変わらず怠惰な日々を過ごしております。
最近やったことといえばペンギンなハイウェイを見たくらいですね。絵柄がわたしのイメージとたいへんな解釈違いを起こしてて見る気失せてたんだけど、まあきっと原作がいいから泣くんだろうなと思っていざ劇場に足を運んでみたら見事に号泣しました。開始1分で泣いてたわ。懸念してた声も絵柄も5分で気にならなくなったわ。

ペンギンハイウェイって、少年たちの冒険やお姉さんとの恋にも満たない淡い想いの裏で、真実を突き詰めることの切なさも説いてるの。
主人公のアオヤマ君は、通ってる歯科医院に勤めてるお姉さんの不思議なところ、つまり陰の部分に惹かれるわけだけど。その陰を、謎を、明らかにしてしまって。どうしようもない現実に行き当たってしまって。何事にも研究熱心で真実を解き明かしてきたアオヤマ君がはじめて、そうであってほしくないと、事実を否定したくなるわけだけども。
そんな変えようもない真実や現実を、彼は「理不尽」だというの。その「理不尽」にも「世界の果て」があるのだと、彼の父はやさしく返して。
人はみんな、世界の果てを見なくてはならなくて。アオヤマ君はお姉さんとの交流の中で、世界の果てを少しだけ垣間見て。そんな彼は、世界の果てを見るのはかなしいことだと悟って。それでも彼はまたお姉さんと会うために、世界の果てを追及していくんだよね。
かなしいことと知っていながらそれでもまだ追求していかなければならないっていう、そのやるせなさと、成長した彼の強さに、どうしようもなく泣いてしまうわけですよわたしは。

なんでこんなに熱く語っちゃってんのかって、これがわたしの研究課題だからですね。少しでも興味持った人、健全なおねショタがすきな人は早く見に行ってそして語ろ。
終わらない課題に忙殺されつつ、今日はここまで。

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2018/08/21[Tue]

お盆を過ぎてからというもの急に涼しくなって、これで体調も良くなるぞわぁいなんて思ってたら良くなる兆しもないじゃねえかこのやろう。
と自分の身体に文句をつけたところで、そうだ今年は海を見に行けてないから身体の調子がよろしくないのかもしれない、などと考えたり。
海水浴はもう何年もご無沙汰なんだけど、海際で足ちゃぷちゃぷだけは毎年してるのよね。だけど今年は豪雨の影響で、まだ海まで電車が通ってないから。来年までおあずけかな。

お盆。そう、墓参りとかいう行事のある、あのお盆ですよ。
今年はちゃんと父方の実家に帰省して済ませてきたの非常にえらい。えらすぎる。えらすぎたからあと三十年くらいは行かなくてもいいかな。
参ってきたのは何年か前に亡くなった父方の祖父なんだけど。生前、うちの母親のことで色々口挟んできてたし、嫌なことを無理強いしてくるし、控えめに言って大嫌いだったんだよね。一度倒れて要介護者になったときも、みんなに迷惑かけるくらいなら早くいなくならないかな、なんて不謹慎なことさえ考えちゃってたくらいなんだけど。
倒れて一年くらいで亡くなって。いままで一度だって泣いたことのない父親の涙を見て。わたしの父親泣かせてんじゃねえよって、こんなときでさえ怒りを覚えて。

そのお通夜のときにおばあちゃんがね、あんたの成人式の写真を何度も眺めてたんだよ、ってわたしに言ってきたの。自分の子供の顔さえ忘れちゃってたのに、時折思い出したようにわたしの着物姿を見ては笑ってたんだよって。
祖父にとってはわたしが初孫だったから、特にかわいかったんだって。帰省してくるのが嬉しかったんだって。わたしは祖父が大嫌いだったのに。部屋の隅でなにか書いてた祖父と同じように物を書いてる自分が嫌で、一時期は文章を書くことを止めてたくらいなのに。
そんなの、ずるいじゃんね。もうちょっと顔見せてあげればよかったなって、後悔しちゃうじゃん。
まあその祖父が生前やらかしたことでいままた新たな騒動が生まれてるんだけどね。いなくなってまで迷惑かけるか祖父よ。

祖父がなにかを書いてた大量の原稿用紙を、棺に入れて燃やしちゃったんだけど。なにを書いてたのか、一回くらい読んでおけばよかったなあ。
ちょっとだけセンチメンタルになりつつ、今日はここまで。


2018/08/09[Thu]

地元は雨の降る気配ひとつないのに先日台風迫るお江戸に自ら突っ込んでいった雨女ですどうも。
どえむかなって最近思ってる。たぶんえむではあるんだけど。いやそういう話ではなくて。
これから春の話をするんだけど、たぶんマナー的にあまりよろしくないことかもしれないから、そういうのだめな人はスルーしてね。こんな辺境日記読んでる人いないだろうし名前出したりはしないから大目に見てくれってきもち。

お手紙をね、出してたの。春の海を舞っていた、あの人に。初日と最終日に書いた二通のお手紙を。あなたが体現する春に心奪われましたって、おかげで嫌いだった春をすきになれましたって。めちゃんこオタクっぽいなあ気持ち悪いなあこいつって思いながら書いてたわけだけども。
届けばいいなって、思ってたの。どれだけ春が楽しかったか、どれだけ春をあいしていたか、どれだけ春に救われたか。その気持ちが届くだけでいいって、そう思ってたんだけどね。
わたしが台風に突撃してた間に、おうちに着いてたの、春からのお返事が。
もうそれだけで泣きそうだったのに、文字が綺麗なことにさらに感動しちゃって。

もう夏も半ばなのに、春に宛てたお手紙を読んでるってなんだか不思議なきもちでね。
宛名書きだけで泣いてたのに、本文読んでも泣くことはなくて。おわっちゃったんだなあ、って、ぼんやりとしてただけ。いままで写真で、そうして一度だけ肉眼で見ただけの、ずっと憧れていた春の綴った文章が手元にある、っていうのも理由のひとつなんだけど。現実味がないというか、ふわふわしてる感じ。
わたしの言葉が、感じたことが財産です、って書いてあって。もしかするとファンみんなにそう言ってるのかもしれないけど、それでもうれしくて。
なにより本人が、とてもしあわせな空間だった、って思ってることが、自分のことみたいにうれしくて。彼女自身がしあわせであったのならいいのかな、なんて。

このお手紙でほんとに来年への希望は潰えてしまったわけだけど。もちろん落ち込みもするし悲しいけど。だけど、わたしの想いを受け取ってくれてありがとうって、満開の春をくれてありがとうって。いまは、そんなきもち。
やっぱりわたしは、全身で春を表現していたあの人に恋をしていたから。

今度また近くで拝見する機会があるから、そのときにもう一度、感謝を伝えられたらいいなって。
どうやって某所の名前を出さず話そうかといまから頭を悩ませつつ、今日はここまで。


2018/07/06[Fri]

お誕生日!でした!おめでとうわたし!四捨五入して0歳!うまれたて!!!
いろんな人におめでとうって言ってもらって、お話も、絵も、プレゼントもいただいて。ここ最近でいちばん素敵な誕生日になりました。ここで言って届くかはわかんないけど、ありがとうって、いつも感謝してます、ありがとう。

あとねあとね、とある人からプレゼントをいただきまして。ボディミルクとお手紙。わたし、においの好み激しいから、香り系のものってあんまり人からもらいたくない人種なんだけど、このボディミルクはすんごくすきなにおいでね。ミルクなのかな、甘ったるくなくて自然な香り。
実をいうと一番うれしかったのはお手紙の方なんだけど。だってその人の手書き文字、たぶんはじめて見たから。自信ないなんて言ってたけど、かわいらしく整ってるきれいな字。

人の書いた字を見るのすきなんだよね、その人の性格が如実に現れてる気がして。
わたしの字はありがたくも褒めていただくことが多いんだけど、ただ単にひどい癖字なだけ。それをどうにかそれっぽく見えるようにかっこつけてるだけ。だからあんまり人に見せたくはないんだけど。でも手書きの方がデジタルよりも温度が伝わる気がしてつい、書いちゃうんだよね。
もうちょっときれいになるよう精進いたします、はい。
目標はうちのパパです。あの人ね、小さいころに矯正して文字は右手で書くようになったらしいんだけど、そうは思えないほどきれいなの。達筆とはまた違うんだけど、しゅって、線が細い感じ。ファザコンフィルターも大いにかかってるんですけどね、ええ。

そんな24歳のわたしですが、これからも変わらぬお付き合いのほどよろしくお願いします。
にやにやしながらお手紙を読み返しつつ、今日はここまで。


2018/06/26[Tue]

春から抜け出せません。
春ロスこわい~~って呑気に嘆いてたあの頃がしあわせに思えるくらいいまがしんどい。この心の空虚さはロスとかそんな単純な言葉で表せるはずがない。君はまだしあわせだよって、フライング春ロスってたあの頃の自分に言ってあげたいわ。

なんだろ、なんか、ありきたりな表現だけど、心にぽっかり穴が空いたみたいって、こういうことをいうんだなって。自分の大事な部分が抜け落ちちゃったというか、どこかに忘れてきちゃったというか。
なにかがないの、なにかが足りないの。そのなにかがあのまばゆいばかりの春だってことはわかってるんだけどでも、取り返せるはずも、戻れるはずもなくて。
たかが季節ショーでしょ、と思うけど、そう言い聞かせてるんだけど。だけどそのたかがショーひとつがいつの間にかわたしには大事なものになっていて、大切な季節になってしまっていて。
きっとあまりにもたくさんのものをもらったから、だと思うの。元々きらいだったこの季節をここまですきにならせてくれたことだとか。とてもだいすきな人たち、だいすきな文章や絵に引き会わせてくれたことだとか。ずっと一緒にいたいと思える人に出逢わせてくれたことだとか。
たくさんのものをもらった分、喪失感が大きくて。だれよりも輝いていて、だれよりも春をうたっていて、だれよりも春そのものだったあの人にもう会えないことがこんなにも苦しくて。
恋かよ、なんてツッコミを入れたくなるけど。そうだよ、恋だよ。わたしはたしかに、だれよりも春を生きていたあの人に、恋をしていたんだよ。

春が終わってもまだわたしは春に生きていたい、すきになったあのふたりをえがいていたいと思うんだけど、ここのところまったく筆が進まなくて。自分の中でけじめをつけたはずなのに、春に笑っていたふたりが、春のその後を生きているふたりがまったく想像つかなくて。だから最近、春垢を覗くのも少し、つらくて。
でもね、とある人が言ってくれたの。私はしばらくずっと春にいますって。またあなたときゃっきゃしたいって。
わたしもまだ、その人と春のお話をしていたくて。えがきたい春はまだたくさん眠っているはずで。
まだまだ時間がかかるかもしれない、来年のスケジュールが出たらまた沈んじゃうかもしれない。でも、それでもいつかまた書きたいんだよね、だってわたし、こんなにも春がすきだから。

少しだけ前向きになりながらも春バージ解体説を耳にして呼吸が止まってるんだけどね。
いやもう少し、もう少しだけ春の夢を見ていたいと足掻きつつ、今日はここまで。


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