備忘録
2026/02/05[Thu]
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2020/06/07[Sun]
https://twitter.com/i/events/1246770513235415041
(これに関するあれそれです)
というわけで77日間書き切った~~自分で始めたこととはいえすごいぞわたしえらいぞわたし頑張ったなわたし~~おうちにいる時間長くなかったら絶対できなかったのでその点だけはありがとう自粛期間。
自分が書いたお話についてあんまり語らないタイプなんだけど、今回の春はたいへん頑張ったし、書いてるうちに思い入れが深まっていったので語ります。よければふーんって聞いてやってください。
せっかくのイースターだし華蝶でなにか書きたいな~ってのが始まり。
2018のナブル期間中も毎日書いてたから2019も、って思ったら仕事が思いのほかきつくて続けられなくなっちゃって、今年こそは、って気持ちでした。
それならうさぴよ期間中の連作にしようってことで、はじめは3月27日から6月12日までのつもりだったの。だけどあのくそコロナ(おくちがわるい)のせいで休園が延びて、イースター開催どころじゃなくなったから。無いならいっそのこと、2018の期間でええやん、って。
「実は人間ではなく蝶だったカルロッタが元の姿にかえる瞬間を目撃してしまったグローリアが春を繰り返す」っていう内容ははじめから決めてた。最初はただただ華蝶ふたりきりの話に終始するつもりだったんだけど、それじゃあ2ヶ月もネタがもたないことに気付いて、それならヒューゴーとオーシャンも巻き込もうって流れになったの。三人とも人外設定にして、その真実を徐々に知っていって困惑しながらも春の先を目指すグローリアにしよう、って。
書き溜めしとけば日々苦労しないじゃん天才~~って気持ちで、最初の12日分くらいは期間前に書いたの。
でも2018初日である3月27日は華が春を繰り返し始めた日の話を持ってきたいな。っていう思い付きから開始日が繰り上がって。これが最初の誤算。なんだかんだで予定日の4日前から始めることになったからそりゃあすぐにストック尽きるわよね。あとわたし書き溜めってできないんだわ、その日にならないと文章が降ってこないんだわ(あほ)
そんなわけで2週間目くらいから最後まで、その日のうちにその日のお話を書くというあほをやらかしておりました。
12日分のネタと、断片的なネタと、大体の流れしか考えてなかったもんだから、その日の内容はその場で考えるかたちだったんだけど。たぶんそれが功を奏して、いろんなキャラが動いてくれたんだよね。
最初はミキフレとかもふズどころか、海錆までこんなに出張る予定じゃなかったもん。ほんとに華蝶ふたりだけの話で完結させようと思ってた。
だけど書いていくうちに、蝶と同じくひとではない海錆も掘り下げていったらいいんじゃないかなって。四人を支えるミキフレやもふズたちも出せばいいんじゃないかなって。途中の末裔たちは個人的趣味で。出演させていったわけで。
そうしていろんなキャラと華をえがき始めたのは40日過ぎたあたりくらいからかな。
その時もまだ、主人公である華をただの人間にするか、それとも人外にするか決めかねてたの。一応両パターンともに出来るように、それまで出したキャラたちのセリフとかはどっちに転んでも大丈夫なふうに書いてたんだけど。
人間だったときのパターンのオチは、実は華はこの春の世界とは違う世界線から来た、っていうのにしようと思ってたの。華がもといた世界の蝶も人外で、そのことを知ってしまった華がどうにかまた蝶に会いたい、ずっと一緒にいたいと願うあまり違う世界線に飛んでしまった、なんて。
でもそうしてしまうと、いまいる世界の華はどこにいってしまったんだとか、もといた世界はどうなってしまうんだって問題が出てくるし、それを解決するほどの文才はわたしにはないので断念しました。ああ文才がほしい。
末裔長女に出会った夜の話のセリフの「ただの人間みたいね、あなた」っていうのはその名残。だって他の世界から来た設定だったらほんとにただの人間だから。
ほんとはこのセリフ変えようかなとも思ったんだけど、でも、春を繰り返すうち華がだれよりも早く人間になっていた、っていう意味合いをこめて、あえてそのままにしたの。華の出自が花か人間かっていうところは悩んでも、今回の春に生きる華はまるきり人間だ、っていうのはもう決まってたのね。
何回か書いた夢のような曖昧な空間の話と、蝶がひとになったときの話、本当は海錆分書くつもりじゃなかったんだよね。
さっきも言ったように海錆まで掘り下げるつもりはなかったから、蝶の夢とか独白書いた時点では海錆のことなんてなにひとつ考えてなかった(ごめんね)
海錆の独白も書こうって決めたのはたぶんいろんなキャラを出し始めたあと。せっかく慣れない三人称で書いてるんだから、いろんなキャラの視点の話があってもいいよねって。おかげで華蝶以外の奥行きも広がったように感じるからほんと出張ってくれてありがとう海錆。
華を人外に確定したのは50日目くらい。華が主体の夢の空間にようやくスタァの姿を登場させた回あたりかな。元からただの人間よりも、あの三人と同じくひとではないのにそれでもひとに憧れて春を繰り返しているほうが、三人をより説得できるなあなんて考えたんだと思う(曖昧)
自分が書いたもののはずなのにこれだけ曖昧なのは、わたしの意図しない方向に物語が動いたからなんだよね。
よく、キャラが勝手に動く、っていうじゃない。ほんとにそれ。書き始めたのも内容を決めたのもわたしのはずなのに、気付けばみんな思い思いに行動しちゃってた。なんかもうみんなほんとに存在するみたいに勝手に悩んでくれてた。わたしはなんとか言葉引っ張り出して文字に起こしただけ、って感覚。文字書きの端くれのくせになにいっちょまえなこと言ってんだって感じだけどね、実際そうだったんだもの。
そんなわけでいろんなキャラがすきなように動いてくれて、だけどハッと思い出したのが69日目。ヒューゴーの独白を書く前日。
あれ…ナブル出演メンバーのうちスティッチだけ出してないやん…ルー子とかジェラ坊とか何度も出してる場合とちゃうやん…ここらで出しとこ…(スティッチすまんな)
なんで全員出すことにこだわったかって、76日目のナブル最終日、つまり2018に繋げたかったから。今回の春のラストに2018の展開を持ってこようっていうのは、わりと最初のほうから決めてたの。それならいろんなキャラ出しとかないと衣装交換とかする過程に至らないよねって考えもあってキャラ総出演させました。あやうくひとりだけ仲間外れにするとこだったわ。
そういえば、連作開始前から、こういうこと言わせたいなってセリフがあって。
73日目、6月3日かな、カルロッタがようやく自分の願いを言う回での華のセリフ。
「あなたは夏を、秋を、冬を、そうして春を。めぐる季節をわたくしだけはどうか自由に生きられるようにと願ったけれど。でもね、わたくしはいやなの。あなたと、あなたたち三人と一緒じゃなきゃいやなの。もうひとりはいやなの。だから諦めないでよ。願いなさいよ。この先を。わたくしとともに生きたいって、ねえ」
ついったの下書きに残してたセリフ。きっとこれが、この物語のすべてなんだと思う。華はただひとりで生きるだけじゃいやだったんだよね。蝶と、海と、錆と。もちろん他のひとも。みんなでいろんな季節を生きていたかったんだよ。
下書きに投げたままあやうく忘れそうになってたけども。思い出してよかった。
ラストは本当に直前まで迷ってた。なんなら今日のお昼くらいまで悩んでた。
四人が春を乗り越えてその先をひととして生きるか、それとも願い叶わずまた春を繰り返すか。
シリアス好きのわたしはいつもなら迷わず春を繰り返してたんだけど。でも書いていくうちに、それは違うなって。ひととして全力で春のその先を願った彼女たちが行き着くところはきっとバッドエンドじゃないなって。だって華は大切なひととのハッピーエンドのために行動してたんだもの。みんなが好き勝手動いてくれてたのは新しい季節を迎えるためだったんだもの。
そんなわけでなんとかハッピーエンドに漕ぎつけました。やったね。諦めないでくれてありがとう華。
もちろんエンドではなくて、ラストのタイトルとかにもある通りずっと春夏秋冬をめぐっていくんだけどね。これから先も迷ったり悩むことはあるんだろうけど、だけどみんなが一緒だからきっと正しい方向に進んでいけるだろうなって思います。
長々と語り過ぎた。それだけわたしも迷って悩みながらも楽しく書いたお話たちでした。
最後になりましたが、77日間読んでくれたひとたち、ふぁぼしたり感想送ってくれたひとたち、こんな語りとも言えないぐだぐだ文章に最後まで付き合ってくれたひとたち、たいへんありがとうございます。
まだ春も秋もあほみたいに書き殴っていくと思いますが、生温かくお付き合いいただければ幸いです。よろしくね。
秋の末裔たちの連作もしてみたいなあと思いつつ、今日はここまで。
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2020/05/31[Sun]
久しぶりに劇場版ペンギン・ハイウェイを見て鼻と喉と目頭がめちゃくちゃ痛むほど号泣してしまいました。
あれ…こんな…こんな泣ける話だったっけ…いや泣ける話だったわ…高校のとき図書館で原作読んだら先生に心配されるほど号泣したわ…何度見てもすき…。
だけどこの話、特に劇場版では、大人のずるさ卑怯さが散見してるなあと、何度目かの視聴で思ったわけです。
わたしが一番嫌いなのは、ハマモトパパの悪改変なんだけどさ。
劇場版ハマモトパパってば、森の謎を知るために、あろうことか娘の研究ノートを盗み見るの。娘が心配だったからだとか、街に起きている怪現象を見過ごすわけにはいかないだとか。大義名分はたくさんあるんだろうけど、けれどパパは研究者なわけで、自身の娘のことも研究者の卵だって認めてるわけで。
まっとうな研究者が、他の研究者の大切な研究を盗み見てもいいのだろうか。どんな理由があったとして、いち研究者としてそれは許されるべきではないのよね。
だというのにパパは、自身の研究が明るみになったことを察して森にやってきたハマモトさんを、危ないからっていう理由で怒鳴りつけるの。父親という面を被った最低の行為だよ。元はといえばあんたが娘の大事なノート見たのが悪いじゃろうがって。
あの改変は、父親としても研究者としても失格だと思う。何度見ても怒りが湧くし許せない。
もうひとつ、今回見てて思ったのが、お姉さんのずるさなのよね。
『海』とお姉さんの関係が明るみになればお姉さんが研究者たちに連れていかれてしまう、って心配するアオヤマくんに、「そうなればあたしがパッと消えちゃえばいいんだし」って言っちゃうの。
ああ、大人っていうのは、パッと消えてしまえるんだな、って思った。少なくともいなくなろうっていう思考が生まれるんだなって。
子供のころはさ、消えちゃおうとか、そんなこと思わないじゃん。自殺とかそういうのは抜きにして。普通に生きてきたとして。だれかを失った経験がないから、だから消えるなんて発想がないんだと思う。
だけど大人になっていくにつれて、自分を消す手段をいくらでも知って、まあ別に消えちゃってもいいよねって、気軽に口にしてしまえるようになる、実行してしまうようになる。
そういうずるさが、お姉さんにあるなあって。
いつものことだけどなにが言いたいのかわからなくなっちゃった。大人はずるいって話です。
まあ私も充分に大人なんですけど。消えちゃいたいなあって常日頃考えているだめな大人なんですけど。
そんなことを考えずに明日を生きていたあのころがまぶしいなあ、なんて思いつつ、今日はここまで。
2020/04/04[Sat]
あきえ、って。名前をふと、思い出した。
中学校時代、すごく仲が良かった子なの。
どうして仲良くなったんだっけ。たしか1年生のとき同じクラスで、出席番号が前後してて。最初の席って出席番号順だからさ、その子と最初に話した気がする。たぶんそれがきっかけ。
根暗なわたしとは正反対に明るくて、かわいくて、いまでいうとパリピな子。2年のクラス替えで違うクラスになっちゃったんだけど、休憩時間にお互いのクラスをよく行き来しては話したり、手紙のやり取りをしてた覚えがある。いま思えばなんでタイプの違うわたしなんかと仲良くしてくれてたのかわかんないけど、わたしはすごく楽しかった、と思う。
その子は携帯電話持ってて、わたしは家のパソコンがあったから、メールでもやり取りしてたの。
わたしがたまにオリジナルの小説送ったりしてさ。律儀に読んでは感想くれてたなあ、懐かしい。
別の高校に行っても何回か、わたしの家に遊びにきたり、あの子の家にお邪魔してたりした気がする。たしかあっちは母子家庭で。妹がいたような覚えがある。
サバサバと話す子でね。女子のなかの女子、って見た目してるのに、女子であることを嫌ってるような、そんな子。
友達としてすごくすきだったなあ。付き合いやすかった。いま付き合いのある友達ってどこか、わたしがお世話焼いたりする子が多いんだけど。そういうのが全然なくて、すごく対等な、普通の友達だった気がする。すごくすきだったわりに記憶がおぼろなんだけどね。ごめんねあきえ。
高校生になって部活が忙しくなると、自然と付き合いがなくなってしまったんだけど。元気にしてるかなあ、って。いま世間がこういう状況だからさ、ふと思ったの。
実家に帰ればたぶん電話番号とかわかるんだけど。いつかいろいろ落ち着いたら、連絡してみようかな。
あの子がどんな大人になってるのか、まだわたしと付き合ってくれるのか。勝手に想像しつつ、今日はここまで。
2020/03/28[Sat]
昨日あるはずだった推しのライブが憎き新型ウイルスのせいで中止になったものの配信してくれたおかげでそのかわいさ美しさお茶目さ歌の上手さを周囲を憚らず堪能することができたわたしですこんにちは。今日も推しのおかげでいきてる。
推しってば音大出のひとで、ずっと音楽を表現する世界で生きてるみたいなんだけどさ。感覚で音楽を捉えてるんだよね、そのひと。こういう音すき!こんな音楽ありだよね!って歌つくっちゃえるひと。簡単にハモれちゃうひと。
感覚で表現してるから余計すきなんだと思う、推しのこと。
いやもちろん専門的な学校行ってるからには知識はあるんだろうけど。努力だってたくさんして今のあのひとがあることはわかってるんだけど。その中でも、論理的に組み立ててるひとと、感覚で紡ぐひとの2種類いるよな、ってわたしは思うんですよ。
わたしもその感覚型人間だから、だからこそすきなの。
両親が昔から楽器を吹いてたから、生まれたころから音に囲まれてたの、わたし。4歳からピアノ習い始めて、中学高校と吹奏楽部に入って。思えば音楽が身体に自然とインプットされてるんだろうなって。
ピアノやってた影響か、絶対音感があるんだけどさ。プロのひとみたいなすごいレベルのものではないんだけど。音楽やってて役に立つ程度には音感があるかなって感じ。
物心つく前からそういう音感があったものだから、音がわからない、ってひとがわからないんだよね。自慢とかじゃなくて、ほんとにわからないの。音の違いがわからないのがわからない。合わせられないのがわからない。
このせいで吹奏楽部時代はそこそこ苦労しました。だって感覚的に理解してるもんだから、教え方がわかんないんだもん。わたしみたいに音感が身についてる子には、これに合わせてね、って基本の音を示してあげれば理解してくれたから楽だったんだけど。その音がわからない子、音の合わせ方がわからない子には、どう伝えたらいいのかがわからなかった。
3年生にもなれば、わたしの方から合わせにいって正しくハマった音を聴かせてあげて、感覚的に覚えさせるって教え方をなんとか会得したんだけどさ。先輩だってがんばってるんです。
この感覚で理解してるってのは、音楽だけじゃなくて文章を書くこともなんだけど。
どうやって書いてるの、ってたまに聞かれても、感覚で、って答えるしかなくて。たまにツイッターとかで流れてくる上手な小説の書き方みたいなのを見て、ああわたしこういうことやって文章書いてるんだなって、そこではじめて論理的に理解なぞしているわけで。
ええと、なんの話だっけ。
だからそう、わたしと同じように、感覚で音楽を紡ぐひとがすき。わたしの感覚で理解できる音楽がすき。だからいまの推しの音楽感がすき。感覚のままに音楽をしている推しがすき。
すきが募りつつ、文章が迷子になってきたんで今日はここまで。
2019/12/11[Wed]
ついったーでバズってた、博多大吉さんのはなし。母の言葉が呪いのように残ってます、なんてどぎついコメントに、時間を置いて返答したってやつ。知らないひとはついったーで検索してね。
もともと大吉さん(の顔)すきだったんだけどさ、このエピソード聞いてもっとすきになりまして。ほら大吉さんみたいなさ、顔は整ってるんだけどちょっとしょぼくれてて人がよさそうで、笑うと目尻にしわが寄る男のひとがだいすきなんだよね。
いや、本題はそこじゃないんだ。
わたしが言いたいのは、親の言葉は呪いになり得るってこと。放った本人にとってはなんてことない、何気ない一言であったとしても、子供には重く深く響く。それが小さいころであればあるほど、より強く刺さるのね。
誰しもきっとひとつやふたつある、ありきたりなことなんだろうけど。そのありきたりが、わたしにもいくつかあって。
「大丈夫なわけないでしょ」って、言われたことがある。
わたしの母親はあまり身体が丈夫なひとではなくてね。記憶にあるころから、よく臥せったり具合悪そうにしてたんだけど。
たしかそのときも、すごく具合悪そうだったんだ。母親がしんどそうに横になってた気がする。弟はその場にいなかった気がする。いなくてよかったって思う。わたしはたぶん小学生くらいだった。大丈夫、って聞いたの。子供の目から見ても苦しそうにしてたから。心配だったの。
「大丈夫なわけないでしょ」って。苦しそうに、面倒くさそうに、相手してる余裕なんてないって風に、向けられた言葉をいまも、覚えてる。
傷ついた、のかな、いまとなってはよくわかんないんだけど。突き放されたように感じたのかもしれない、心配を無下にされて悲しかったのかもしれない。わかんないけど、でも、いまでも心に刺さってる。母親に限らず、しんどそうにしてるひとを前にするたびに、あの日の言葉を思い出して、大丈夫、って聞けなくなっちゃう、だって大丈夫なわけないって返されるのがこわいから。
そんな刺さったままの棘が、今回の大吉さんの件の記事読んで急に思い出したように痛み出したのね。
ああ、これは呪いだったんだ。呪縛だったんだ。わたしはいまも、あの日の言葉に縛られてるんだ、って。
どうして母親の言葉ってこんなに残ってしまうんだろう。小さいころは父親からもひどい言葉だったり、態度だったりを向けられてたはずなのに。一切を忘れたわけではないけど、少なくともいまはどうともない。うちの場合はまあ育ててくれた恩ってのもあるんだろうけど。
ただわたしは、そんないろんな言葉の積み重ねでいまも母親のことが心からはすきになれない。相変わらずいろんなところに病気持ってる母親をもちろん心配するけども、だけどやっぱりどこか線を引いてしまう。いろんな場面のいろんな言葉が、わたしと母親との距離を作ってしまっている。
ここに吐き出すことで、その距離が少しでも埋まればいいなって思うのは、わたしが少しばかりは大人になった証拠なんだろうか。
などと感傷に浸りつつ、今日はここまで。
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